あなたは法律家だから

「あなたは法律家だから、Aの話をする以上Aを法廷に引張り出さなくては何もならないとお考えになるのでしょう。法律問題としてはそうかも知れません。しかし僕は法律家ではないのです。僕はただ事実をあなたに伝えたかった。そうしてあなたにただ確信と勇気を与えたかっただけなのです」 いい終ると彼ははっきりと衣川の顔を見つめたのである。 いろいろな感情が、衣川の心の中を動いているようであった。「清川、お互いに考えの相違は仕方がない。それは今云った通りだ。君の云う事も判らないではない。しかし同時に君は僕の立場を理解してくれることも出来るだろう。どうだ、君お互に妥協し合うことは出来ないだろうか」「……というと?」「つまりA氏に法廷に出て貰うのだ。けれどその時、ただ一人でM温泉に行っていたことにすればA氏に迷惑はかからないだろう」「しかし、裁判官にどうしてその時そこにいたかときかれたらどうしますか。Aは嘘をつくのですか。あなたは弁護士として証人に嘘を云わせる気ですか」「いや、決してそうではない。刑事訴訟法第百八十八条には証言をなすによって自分に法律上の危険が来得る時には、その点に就いて証言を拒む事が出来るように規定してある。即ちA氏の場合には、見た事実だけを語ればいいので、その他の点は証言を拒めばいいわけなのだ」「衣川さん。あなたは実に法律家ですね。そして実に法律的にしか考えられないのですね。考えてごらんなさい、成程法律はそう出来て居るかも知れません。しかしAがその点について証言を拒む事は一面から見れば、或る種の自白と同様じゃありませんか」「しかし決して危険はないわけだが」

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