睡眠剤を多量に服して

 前夜安眠をとれなかった彼は、睡眠剤を多量に服してその夜は床につくなり、ぐっすりとねこんでしまった。

 翌日は好晴だった。雪も風もやんだけれども、あたりは一面の銀世界である。 おそい朝食をすませたところへ、女中が、「御手紙でございます」 と云って厚い封書をもって来た。 静枝に送る手紙をひきかえに、女中に渡した彼は、その封書の裏を返すと、そこには明かに清川純という三字がよまれた。 心をおどらしながら封を切った彼の眼前に展開された手紙は次のようなものであった。

 衣川柳太郎様 僕はここに親しきあなたに向って最後の御あいさつを申上げます。あなたは永遠に僕を忘れて下さい。この手紙があなたの手中に落ちると同時に、あなたと僕とは、地上に於いて全く関係のない二人の人間となるでしょう。凡《すべ》ての事情はおそらくあなたと僕とを、永久に別れさせてしまうに違いありません。

 衣川さん、昨日仮りにAといったのはあなたが察しておいでのように、僕自身ではないのです。しかし、僕の分身のような人間です。そうです僕と同じなのです。Aは実は僕の肉親の弟だったのです。肉親の弟清川|弘《ひろし》の事なのです。 おろかにも僕は弟のおそろしい恋を最近まで知らずに居ました。大学を出たばかりの僕からはまだ子供のように思われる弟、弘がそのようなおそろしい恋をして居ることは全く知らなかったのです。 弘は、昨日申した通り、Eホテルで森木国松の事件をすっかり見て居たのでした。

— posted by id at 06:56 pm  

T: Y: ALL: Online:
Created in 0.1891 sec.

http://online-sportsbook-bonus.com/