A山麓で死にたい

 弟はかねて好んで居たS県のA山麓で死にたい、と書き残しました。そうしておそらくは、その恋の結末として、婦人をも道づれにするでしょう。遺書によれば、かねて相手の女もこの場合あるを覚悟していたそうですから。 今頃はA山麓の大吹雪の中に、二人相擁して仆《たお》れて居ることでしょう。 僕は、とめればその死をとめ得たかも知れません。けれど僕は弟の死を、とどめる気に、今ならないのです。 A山麓に二人の人間が死ぬという事は凡てにとって不幸な事です。二人にとっては無論です。しかし女の夫にとっては更に不幸です。更に森木国松にとっては最大の不幸です。 けれども、一歩退いて考えれば、僕のような人間の、はかない力で、この運命をどうくい止められるでしょう。よし、弟の死を救ったところで、どうなるのです。 衣川さん、僕にとってどの道が一番正しいのでしょう。 僕にとって、正義の道はどこにあるのでしょう。 僕は、この手紙をあなたに出すと同時に、僕も旅に出ます。しかし僕は死にません。ただあなたに永久に顔をあわせぬ所に行こうと願っています。 最後に、二人の今はおそらく死についているであろう生命に、罪つぐなわれて、魂天に、かえることを祈ります。森木国松のために、何か偉大な救いの来ることを祈ります。 そうして最後に、僕が最も信じ愛しているあなたに、如何なることが、おころうとも幸福あらむ事を切に切に祈るものです。[#地から2字上げ]清川純

 よみ終った衣川の顔色はこの世のものとは思われなかった。 しかし彼が考えをまとめようとする途端ドアを叩いて女中があわただしくはいって来た。「旦那様、お電話でございます」「どこから」

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